医局ブログ│自治医科大学医学部耳鼻咽喉科学講座

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Dear, Thrill Junkie

   

伊藤 真人

 

あるクリスマスに、医局の若い先生たちからコーヒーカップのプレゼントをいただいた。クリスマスプレゼントは、渡すことはあっても貰うことなど長らくなかっただけに驚いたが、カップには「Thrill Junkie」とあり、もう一度驚いた。私は生来、たいへん慎重なほうであり、日々の手術でも石橋を叩くように進めるし、ジェットコースターのような危険なアトラクションには絶対に乗らないと、心に決めている臆病者でもある(本当は、怖くて乗れないのですが)。その私が「Thrill Junkie」とは、、何かの間違いではないかと不思議に思ったものである。しかし件の若い先生にその理由を聞くと、私が専門とする「耳科手術をしている時に、時々スリルを求めるアドレナリン中毒のように見えることがある」と言うのである。確かに手術はリスクと隣り合わせであり、冷や汗をかくことがある。そんな場面をクリアした後、「この患者さんはラッキーな方だ」と感じたり「今日は運が良かった」と安堵して口走ることがあるのは事実ではある。しかし誤解を避けるために断言するが、私は決して運を信じはしない。それが「Thrill Junkie」に見えるとは。。。

 

手術をしていて思うのだが、「運も実力のうち」ではないことは明らかである。運はあくまで運であるから、術者は「ラッキー」を大切にしなければならないと常日頃若い先生に話している。今日はたまたまラッキーであり人智を超えた力が働いただけなのだから、次回からは「そのラッキー」には頼らないためにはどうすれば良いのかと考えることが必要である。そうして手術スキルは常に進化し続けることになる。

 

ところで、かつて世の中には人知を超えた数多の不思議な技が溢れており、人はそれらの技を畏敬の念を込めて「術」と呼んだ。剣術・柔術・忍術・魔術・妖術・占星術・兵術・算術・手術など数多の摩訶不思議な「術」が受け継がれてきたのである。人は術を扱う「術者」に畏怖の念を抱くと共に、そういう異能の者とはなるべく触れ合わないようにしていたのである。時は移り、やがて近代となってからは、剣術は剣道に、柔術は柔道に変わり、その他の忍術や魔術、妖術などの多くの「術」は消え失せてしまった。今なお言葉として残っているのは技術・学術・芸術・手術などですが、このうち「手術(手の術)」は現代にまで残った数少ない実態を持った「術」の一つと言える。手術とはプロフェッショナル集団が綿々と継承してきた技であり、手術を極めようと欲する「術者」はその魔力に魅入られた者であるのかもしれない。

 

このブログを楽しんで読んでくれている読者の中にも、案外自分が気付かぬうちに「手の術の魔力」に捕われて、背中に冷や汗が流れるような瞬間に得も言われぬ魅力を感じる「Thrill Junkie」がおられるかもしれない。

Dear, Thrill Junkie!!

 

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