熟達をめざすこと
「手術の伝承は難しい」と昨今よく言われます。元来、手術に限らず「熟練の技」の継承は難しく、一部の異能の術者だけが代々受け継ぐものでした。これらは、剣術、忍術、魔術などの摩訶不思議な技として畏れられましたが、時代とともにその多くの術は消え去りました。今も「術」として名前が残る「手術」とは熟練の技の一つの極みともいえるものです。古くから人はこの「熟練の技=術」を、門外不出の一子相伝として継承してきました。そして後に、中世ヨーロッパではギルド(職人組合)の「徒弟制」、日本の「年季奉公」として体系化され、今日に至っています。しかし、昨今はタイパ重視の風潮のなか、この熟練の技が失われつつあるようです。これは、「徒弟制」が今も残るヨーロッパにおいても、その傾向のようです。
究極の職業訓練課程ともいえる医師教育課程においても、昨今「手術などの熟練の技」の継承が難しくなってきているようです。英国インペリアル・カレッジ・ロンドンの外科教育の第一人者Roger Kneebone教授は、その著書『EXPERT一流はいかにして一流になったのか?』の中で「熟達への歩みは長い年月を要するのに、効率やスピードを優先する社会がその価値を軽視し、熟達をめざす喜びを私たちから奪っている」と憂えています。ちなみに、ギルドの徒弟制度には、「見習い」「職人」「親方(Master)」の3つの段階があり、医学教育に置き換えると、おおよそ「研修医」「専門医」「指導医」に相当します。Kneebone教授は『EXPERT』の中で、次のように解説しています。
『「見習い」は学ぶことが仕事であり、ひたすら繰り返す下積みの時代である。その仕事の成果も失敗も親方の責任であり、守られている代わりに決められた方法からの逸脱は許されない。乾いた砂が、水を吸うが如くにあらゆることを吸収すべき時である。そして、失敗を経験し感覚を研ぎ澄ますことができたものだけが、次のステップ「職人」となれる。職人は仕事の結果に責任を持ち、失敗の後始末も自分でしなくてはならない。経験を積み、スキルの幅と深みを増しながら、個性を育んでいく時期である。そして予期せぬ事態に即興で対応できる達人の域に達した者だけが、「親方(Master)」となれる。親方は、人を指導する立場であり、自分の「熟練の技」を次の世代に伝えるとともに、彼らを見守り育てる義務がある。さらに、その分野を新たな方向へと導くことができる先駆者である。』
いかがでしょうか?今の単調な仕事に疲れた「見習い」Drの皆さん、あなたが何処を目指すかは自由です。しかし、その道は達人に通じています。そして達人になるためには、これと決めた長く厳しい道を脇目も振らずに邁進する必要がありますが、技を極める努力は無常の喜びに繋がります。そこから得られるもの(=熟達をめざすこと)とは他には変え難い人生の本質と言えるものではないでしょうか。


