医局ブログ│自治医科大学医学部耳鼻咽喉科学講座

自治医科大学医学部耳鼻咽喉科学講座 医局ブログです

第32回 日本頭頸部外科学会総会(金沢)に参加しました

      2023/02/06

伊藤 真人

 

 

 2023 年1月18-20日、金沢市で開催された日本頭頸部外科学会に参加しました。本学会は、私の恩師である金沢大学名誉教授 古川 仭先生が2002年(第12回大会)を主宰して以来、21年ぶりの金沢市での開催でした。1月の北陸ですから大雪などの天候の心配はありますが、冬の味覚の美味しい季節でもあり、今年の学会も多くの先生方が現地参加され活気に溢れた会となりました。(翌週は全国的な大寒波で、北陸は大雪で、吉崎智一会長の強運の賜物です!)

 

 21年前の本学会では、私は外側頭蓋底外科のシンポジウムを担当して、当時の日本耳鼻咽喉科学会理事長の小松崎篤先生の司会のもと、現日耳鼻理事長の村上信五先生や九州大学脳神経外科名誉教授の佐々木富男先生ら重量級のメンバーに囲まれて、「側頭骨腫瘍の診断と手術」をテーマに講演を行ないました。当時私は40歳手前の助手(医学部講師)に過ぎず、ご高名な先生方の胸をお借りしての初めてのシンポジストであり、大変緊張したのをよく覚えています。

 

 今回は、東京医科歯科大学の堤 剛教授と共同司会として、「耳科側頭骨外科の挑戦」をテーマにシンポジウムを企画担当しました。シンポジストには、自治医科大学から橋本 研先生(ちょうど私が、先のシンポジウムを担当した時とほぼ同年齢であるのも奇遇です)、慶應義塾大学の大石 直樹先生、金沢大学の杉本 寿史先生(私の金沢大学時代の後輩)、東京医科歯科大学の伊藤  卓先生、山形大学の伊藤  吏先生の5名の、これからの日本の耳科学・耳科外側頭蓋底外科学を背負って立つ先生方にご講演をお願いしました。

 

 橋本先生からは、私たちが使用している、日常の耳科手術に汎用可能なFiagon社製ナビゲーションシステムの紹介と(図1, 2)、3D-CTとナビを併用した立体的手術シュミレーション(図3)、外視鏡(Orbeye)とナビの融合など(図4)、耳科手術への各種の手術支援機器の使用例を示していただきました。特にこれまでは応用が難しいと考えられてきた耳科手術へのナビゲーションが、簡便に日常手術で使用可能なことは、驚きを持って受け止められました。

 

 大石先生からは、前庭神経鞘腫の経迷路法手術における、顔面神経+蝸牛神経機能の計時的モニタリングの有用性と、他の技術との融合の可能性を示していただきました。大石先生グループのこの手術における顔面神経機能温存率の高さは驚くべきもので、まさに日本のトップナイフです。現在日本の耳科外側頭蓋底外科学の第一人者といえる大石先生の、さらに高みを目指す熱意が伝わってくるようなご講演でした。

 

 杉本先生からは、好酸球性中耳炎に対するSubtotal petrosectomyによる人工内耳手術について紹介がありました。好酸球性中耳炎は難病であり、現在使用が可能となった高額な抗体薬でも完治もしなければ聴力改善に導くこともできない難治性中耳炎です。しかしSubtotal petrosectomyで好酸球性中耳炎を完治させた上で、人工内耳やBAHA、Bone Brigeなどの埋め込み型デバイスを用いて聴覚改善も行うというコンセプトは、今後適応疾患も拡張可能で魅力的なものでした。われわれ耳科医がより良いコストパフォーマンスで、「外科手術によって難治性中耳炎を根治し、同時に聴覚機能も改善させる」という杉本先生のご講演も、難治性中耳炎治療のパラダイムシフトを示すものでした。

 

 伊藤 卓先生からは、外視鏡の大型モニターとヘッドマウントディスプレーを用いたVR技術を融合することで、側頭骨内部構造を可視化しての手術が可能であることが示されました。まさに近未来の手術風景を体現するものであり、側頭骨外科医が望んでいた「側頭骨の透明化」が可能になる技術です。「耳科手術は骨の彫刻」と言われます。「医術はアートである」というヒポクラテスの言葉どおり、私たちEar Surgeonは彫刻家であり芸術家でもあるわけですが、近未来の技術により、側頭骨が透明化され「骨の彫刻」の精度と安全性が高まることは、私たちの芸術を次の高みに導いてくれるイノベーションのように思われました。

 

 伊藤 司先生からは、EES(内視鏡下耳科手術)と外視鏡下耳科手術のシームレスな融合について示されました。これまでのように、内視鏡か顕微鏡かという選択肢ではなく、必要に応じてこれらのデバイスを自由に使いこなすと共に、3Dモニターにナビゲーションや術前CT、MRIなどの情報を融合することが可能となれば、単なるMastoidectomyなどは半自動化したRobotic surgeryに任せて、術者は機械ではできない深部の処置に専念できるようになるかもしれません。

 

 以上、これからの耳科手術のブレークスルー(イノベーション)は、ナビゲーションや術中CTの積極的な応用と、これらの画像システムと生理学的神経モニタリング、さらには内視鏡・外視鏡システムとの融合、そしてその先にあるRobotic Surgeryにあるように思われます。外視鏡は単なる顕微鏡システムの代替え品ではなく、内視鏡やナビゲーションシステム、VRとの親和性の良さからも「いつ顕微鏡から外視鏡に変わるのか?」という段階にきているように思われました。耳科手術の近未来は、大画面モニターにあらゆる情報が集約化されて、さながら戦闘機を操縦しているような手術空間になるかもしれません。しかし私たち耳科医・側頭骨外科医には、単なる戦闘機パイロットではなく常に新しいことを求め、創造して医療のイノベーションを起こしていくことが求められています。私たちは、常に新しい表現を追い求める「医術(手の術)のアーティスト」でありたいものです。

 

 

図1:ローカライザーを用いた、Fiagon社製ナビゲーションシステム

 
 

図2:ナビゲーション・システムを用いた、内リンパ嚢開放術 
 

 

図3:3D-CTを用いた立体的手術シュミレーション(人工内耳手術)

 

 

図4:外視鏡、ナビゲーション・システムを用いた、中耳腫瘍手術 

 

 - ブログ, 学術編